確率 × ビジネス判断
期待値とは?確率で利益を平均する意味を、投資判断から理解する
「70%の確率で儲かるなら、大きく投資すべき?」。答えは、成功したときの利益だけでは決まりません。失敗したときの損失も考え、可能性ごとに重みをつけて比較する。それが期待値の基本です。
01期待値は「確率を重みとした平均」
サイコロで1が出たら600円、それ以外は0円もらえるとします。6回に1回の割合で600円、残り5回は0円。何度も同じ条件で繰り返せるなら、1回当たり平均100円を受け取る計算です。
サイコロの例
1が出る
確率 1/6
+600円
1以外
確率 5/6
0円
600 × 1/6 + 0 × 5/6 = 100円
この100円は「次の1回で100円もらえる」という予言ではありません。実際には600円か0円のどちらかです。期待値は、起こり得る結果をその確率で平均した値。これが基本の数学です。
02売上ではなく、投資を引いた利益で考える
工場の生産能力を高めるために、システムを新しく作るか、既存のものを改修するかを選ぶ場面を考えます。将来の需要には「拡大」と「縮小」の2通りがあり、どちらになるかは今は分かりません。
| 案 | 先にかかる投資 | 拡大時の収入 | 縮小時の収入 |
|---|---|---|---|
| 新規開発 | 100億円 | 180億円 | 50億円 |
| 既存改修 | 50億円 | 120億円 | 40億円 |
収入だけを見れば新規開発は魅力的です。しかし最初の投資も大きいので、利益を見なければ比較できません。この例の「利益」は、収入から提示された投資額だけを引いた金額として扱います。
新規開発
需要拡大:180 − 100
+80億円
需要縮小:50 − 100
−50億円
既存改修
需要拡大:120 − 50
+70億円
需要縮小:40 − 50
−10億円
成功時の利益は新規開発の方が10億円だけ大きいのに、需要が縮小すると損失は40億円も大きくなります。この非対称性が重要です。
03分岐図で4つの未来を整理する
まず自分で選べるのは「新規開発か、既存改修か」。その後の需要は自分では選べません。前者が意思決定、後者が確率で決まる出来事です。
デシジョンツリー(括弧内は利益)
自分で選択する枝と、将来の需要で決まる枝を分けた図。金額は提示された条件だけを反映しています。
各案の結果を確率で平均します。
新規開発
80 × 0.7 + (−50) × 0.3 = 41億円
既存改修
70 × 0.7 + (−10) × 0.3 = 46億円
この条件で期待金額価値を最大化するなら、既存改修の46億円を選びます。なお、46億円という利益が実際に発生するわけではありません。既存改修を選んだ場合、現実の結果は拡大時の+70億円か、縮小時の−10億円です。
04なぜ確率を掛けて足すのか
この平均を、同じ状況の案件が10件あると仮定して確かめます。需要拡大が7件、縮小が3件という割合なら、新規開発を10件行った総利益は「80億円が7件、−50億円が3件」。つまり410億円で、1件当たり41億円です。
新規開発:仮想の10案件
7件 × 80 + 3件 × (−50) = 410億円
1件平均 41億円
既存改修:仮想の10案件
7件 × 70 + 3件 × (−10) = 460億円
1件平均 46億円
これはあくまで割合を直感的に表すための仮想例で、実際に10件行えば必ず7件拡大するという意味ではありません。試行回数が増えると平均が期待値に近づく、という考え方が背景にあります。
05数値を動かして判断の逆転を確かめる
需要拡大の確率は70%と推定していますが、もしこれが90%なら結論はどう変わるでしょう。確率は意思決定の答えを変えます。実際に動かして、期待値が「確率を重みとした平均」であることを確かめてください。
INTERACTIVE LAB
景気の見通しを変えると、どちらを選ぶ?
需要が拡大する確率を動かしてください。利益の平均が、選択の境界で逆転します。
縮小する確率は自動的に 30% です。2つを足すと必ず100%。
新規開発
初期投資 100億円
確率を加味した平均
41億円
80億円 × 70% + (-50億円) × 30%
既存改修
初期投資 50億円
確率を加味した平均
46億円
70億円 × 70% + (-10億円) × 30%
期待値の位置を図で見る
新規開発
灰色=起こり得る結果の位置/色付き=確率で重み付けした平均
既存改修
灰色=起こり得る結果の位置/色付き=確率で重み付けした平均
この条件では 既存改修の期待利益が高い
新規開発 41億円、既存改修 46億円。ただし、期待値は実現する利益を保証しません。新規開発は需要縮小時に50億円の損失が生じます。
境界は拡大確率が約 82.4% のとき。約82.4%を超えると新規開発の期待利益が上回ります。
これは入力された確率と金額を使った計算モデルです。実際の事業判断には資金繰り、損失耐性、予測の信頼性なども必要です。
06期待値が大きければ必ず正解なのか
ここまでの比較では、期待利益が高い既存改修が優位です。ただし、期待値だけでは経営上の判断は完結しません。新規開発の需要縮小時は50億円の損失であり、会社の資金が足りなくなるかもしれません。一方で、一度しか実施できない投資は、何度も繰り返す平均の考え方だけでは割り切れません。
期待値が教えてくれること・教えてくれないこと
教えてくれる:提示した確率と収入・費用の仮定が正しければ、各案の利益を同じ基準で比べられる。
教えてくれない:実際の結果、最大損失を耐えられるか、確率の見積もりが信頼できるか、投資資金をいつ回収できるか。
確率や金額が見積もりなら、その根拠を確かめることも必要です。実務ではキャッシュフロー、資金調達、将来の戦略的価値などを別途考慮します。
07リスク管理とのつながり
期待値は前の記事で扱ったリスク管理とも関係します。たとえば「障害が起きる確率が10%、起きた場合の復旧損失が1,000万円」なら、金銭的な期待損失は100万円です。対策に年間30万円かけて障害確率を2%にできるなら、対策後の期待損失は20万円、対策費を含めても50万円となり、モデル上は有利です。
ただし、ここでも同じ注意が必要です。期待損失100万円だからといって、被害額1,000万円を負担できるとは限りません。個人情報の流出や法令違反のように金額だけで評価できない影響もあります。だからこそ、期待値は判断の材料であって、判断そのものではないのです。
まとめ
期待金額価値(EMV: Expected Monetary Value)は、利益・損失に起こる確率を掛けて足す「加重平均」です。暗記する特殊な公式ではありません。まず収入から費用を引いて各未来の利益を出し、確率で平均し、最後に損失を許容できるかまで考える。この順序なら、数学と実務が自然につながります。